五重塔
谷中霊園を散策すると、小さな公園の端に五重塔跡という案内版が目に入る。その度に幸田露伴の「五重塔」をそのうち読んでみようと思いながらはや数年、先ごろようやく読んだ。
露伴は墨田区にゆかりのある文人ということで、近くの図書館には特設コーナーがある。確か住居跡が向島の方にあったように思う。
「五重塔」は露伴の代表作というだけでなく、明治期を代表する文学であり、確か大学受験の歴史でも覚えたように思う。現代における名声は漱石や鴎外には及ばないものの、いわゆる文豪と呼ばれる人に数えられている。
物語に関する感想は今さらここでは触れないが、現代とは異なる文体が苦手な割には読みやすく、構成の妙もあってほとんど一気に読むことがでた。凡人たる私の感覚では主人公の十兵衛よりも奥方や周りの人に共感してしまうが、予定調和せずに裏へ裏へと展開していく十兵衛の意固地さ、あるいはプロ意識のようなものに、当時の人たちもやきもきしながら読んでいたのだろうと想像する。
それにしても、この話はフィクションなのだろうけれど、歴史に残る仕事となった五重塔は関東大震災や戦争の空襲にも耐えて残っていたはずなのに、今は跡形もないというのは何ということだろう。戦後も谷中のシンボルとして残っていた五重塔は、不倫関係の男女の心中(焼身自殺)によって全て灰になってしまった。当時の世間の人々から同情よりも非難が殺到したというのは頷ける。
人間の歴史などこういうものだと言ってしまえばその通りだろうが、今は何もない跡地を見ると現世の営みの儚さのようなものを感じる。また今度行ってみよう。